【E3 2009】米国で売れているジャンルは?どれくらいの人がゲームしてるの?PC市場との違いは? ESAが調査結果を発表

http://www.inside-games.jp/article/2009/06/04/35617.html

2年前の記事なので、現在とは事情が違うかも知れませんが、向こうのゲーマーの平均年齢はなんと35歳だそうです。正直これ、わかる気がするんですよね。私自身北米のゲームはさほど詳しくないですが、秋葉原の洋ゲー専門ショップに立ち寄っても、ヘビーユーザーが好みそうなゲームはあっても、子供やライト層が遊びたくなりそうなゲームがパッケージを見る限り少ないんですよね。記事に掲載されているランキングを見ても、上位のタイトルにはマリオカートやスマブラやマリオパーティやWii-Fit等の日本製ファミリー&ライト層向けソフトが集まっているので(というか、全部任天堂製…)、アメリカ人全てがヘビーな洋ゲーを求めているのではなく、そういった誰でも楽しめるライトなゲームにニーズがある事が分かります。
キャラゲー批判で「子供騙し」という言葉が使われますが、私にとって洋ゲーは子供すら騙せてない気がします。確かに洋ゲーは美術的にも技術的にも日本のクリエイターが震撼するの程のクオリティですし、実際、HD機ユーザー(PS3&Xbox360)である私もこのクオリティのゲームが家庭で遊べる事に感動すら覚えます。しかし、「凄いグラフィック」と「面白そうに見えるグラフィック」は全くの別物で、もし私が5歳児の視点で洋ゲーを見たら、全く面白そうに思えませんもの。多分、北米の子供も同じ考えなんでしょう、この「ゲーマー平均年齢」を見る限り、向こうはHDクラスのゲーム作りは得意でも、現地の子供達が惹かれるソフトを作るのは苦手なのかも知れません(辛うじてPS3では『ラチェット&クランク』くらい?)。



ところで日本のゲームクリエイターは「日本のゲーム市場は死んだ」「日本のゲームは日本でしか通じないから駄目だ」みたいな事を言ってますが、果たしてそうなのかな、と思います。
例えばゲーム以外の日本のカルチャー、サブカルチャー。まあ音楽だったり映画だったり漫画だったりするんですが、これら作品ってごく一部の例外を除いてそのほとんどが日本でしか通じないんですよね。
音楽方面では、日本では爆発的に売れたAKBや嵐は海外(アジア圏除く)ではほぼ無名ですし、それどころか90年代のヒットメーカー小室哲哉ですら海外に進出した途端事業に失敗し、巨額の負債を抱え込む事になったのはご存知の通りです。私の知っている限り、世界で通じたアーティストはYMOぐらいしか思い出せません(他にもいたらすみません…音楽に疎いので)。
日本映画も、ハリウッド映画並みの予算を組めるわけでもなく、アメリカ人好みのエンタメ志向の作品を作るのは非常に困難です。映画についてそれほど詳しくないのですが、多分、向こうの人にとっては日本の映画は黒沢映画から(撮影技術を除き)進歩していないと思っているかも知れません(むしろ黒沢映画が凄すぎるだけかも知れませんが)。
確かに日本のカルチャー、サブカルチャーは日本でしか通じないかも知れませんが、だからと言って、もし終わっていたらそれらの文化が今でも生き延びていない訳で、むしろ日本のゲームが今まで海外で通じていたのが不思議なぐらいです。元々、その国の文化はその国しか通じないので、世界に合わせる必要はないですし、もし日本のゲームが洋ゲー的な作品ばかりになってしまったら、どっかのアフォな専門家のコピペではありませんが(笑)、「若者のゲーム離れ」が深刻化するでしょう。日本は日本、海外は海外と考えを改めるべきです。
そう考えると、世界レベルで幅広い年齢層向けのゲーム製作が出来る任天堂の開発力はもはや職人芸レベルですね。マリオやゼルダの生みの親である宮本茂氏が現役引退しても、後任の方々がこの路線を受け継いでくれれば、ゲーム業界は安泰だと思います。

ゲーム系掲示板で「情弱(情報弱者)」という言葉をよく見かけますが、これを見るたびにイラッとするんですよね。特にHDハード信者(PS3、Xbox360)がWiiやモバイルゲーユーザーを見下ろす時に見かける様な気がします。

「WiiDSでマリオを買う奴は情弱」

「怪盗ロワイヤルに金を落とすヤツは情弱」

主にこんな感じの書き込みです。「情弱」というのはネット環境が整ってなかったり、それらを使いこなせない人の事を指しますが、そういった他者を見下ろす人達って「情強(情報強者)」と言えるでしょうか?確かにネットを使えば情報自体は簡単に手に入りますが、それって「情強」というより、単に膨大な情報量に目を通しているだけの様な気がします。むしろ情報に強いんではなくて、「ネットが凄いのでは?」と思いますし、それにWikipediaも含めその情報が正しいかどうかを見極めるのは本当に難しいです。出所不明な情報に振り回される自称「情強」が真の「情弱」だと思ってしまいます。

そんな自称"情強"クンの発言の例として「情弱が好きそうなWiiDSのマリオゲーやモバイルゲームが売れて、情強が好みそうなゲームが売れないのはおかしい」という考えは間違っている気もしますがいかがなものでしょうか?酷いものだと「任天堂は情弱を騙すメーカー」という書き込みを見かけますが、小さな子供でも楽しめるマリオ作品と、ゲームを知り尽くしたゲーマー好みのゲームと比較するほうが間違っている気もします。その例えで言えば、情強が好みそうなゲームが売れないのは情弱すら騙せていないから売れないという事になります。
あと、モバイルゲームのゲーム性が据置ゲームよりも低い(シンプル)からか「あんなのゲームじゃない」「ボタン一つだけ操作のゲームが面白いわけがない」という批判も聞きますが、そもそもゲーム性というものは時代と共に変わっていくものなので、私としてはそれはそれでアリだと思います。過去に新機軸のゲームが出る度にそう言われ続けられたので(10数年前は『アクアノートの休日』『太陽のしっぽ』の飯田和敏作品、『Dの食卓』『リアルサウンド』の飯野賢治作品、ハイパーメディア高城剛作品がそう言われていた)、新しいゲームを認めない人間こそが「老害」だと思います(ちなみに私は認めない事はありませんが、興味がないので遊んでいません)。

ネットで調べて初めて面白さがわかるゲームを販売するメーカーと、ネットで調べなくても「面白そう」と思えるゲームを売るメーカー、企業としてどちらが正しいか明白だと思います。
中には「ネットの口コミで売れるゲームもある」という意見もありますが、実際のところ口コミで売れたゲームはあるものの、世の中星の数ほどあるゲームの中で口コミだけで売れたゲームは極一部でしかありません。ネットの情報だけでユーザーに面白さを認知してもらえない現状を見ると、日本は他の先進国と比べるとまだまだネット社会には突入していないのかも知れませんね。

wikipediaでセガ初の家庭用ゲーム機『SG-1000』の項目で非常に興味のある事が書かれていました。

>SG-1000の発売前に、1981年よりSG-1000と100%互換機であるSG-2000(19,800円)という機種も、セガから一部地域にて試験販売されていた[トイズマガジン1983年8月号より。SG-2000はファミコン発売に合わせて価格を下げSG-1000として発売した]。そのため、1983年7月15日にSG-1000が正式に発売開始した際に、短期間で多くのソフトをセガは準備できた。

まず最初に、「SG-2000」と「SG-1000 II」とは別機種だった事に驚きました(笑)。
実物を見ていないので本当にSG-2000が存在するのか怪しいところですが、もしこれが発掘できたら歴史的大発見です。
やはり1981年にSG-1000と同性能の機種が発売されたというのがどうみても怪しいです。と言うのも、SG-1000は同日発売(1983年7月15日)されたファミコンよりも圧倒的な性能差がありましたが、SG-2000が発売されたとされる1981年時点では同年に発売された他機種を遥かに超える高性能&低価格です。

参考までに80年代初期に発売された据置ハードを挙げてみると…(日本国内限定)

●カセットビジョン 1981年発売 12000円
●インテレビジョン 1982年発売 49800円
●ぴゅう太 1982年発売 59800円
●ぴゅう太Jr. 1983年発売 19800円
●アタリ2800 1983年発売 24800円
●アルカディア 1983年発売 19800円
●PV-1000 1983年発売 14800円

SG-2000と同年に発売された(とされる)カセットビジョンは、価格はそれよりも安いですが、粗すぎるドット、貧弱すぎる音源で、性能的には1世代以上の差が感じられます。
その翌年に発売されたインテレビジョンは16ビット機だけに当時としては高性能だと思われますが(実機を触った事はないので憶測)、値段がこれもまた当時としては超高額の49800円(!)。
さらにその翌年に発売されたアタリ2800は、元々アメリカで1977年に発売された機種なので、性能的にはかなり貧弱です(但し、1981年発売のカセットビジョンよりかは性能は上)。
私の実感では、SG-1000と同年に発売されたMSXと性能が近い印象です(実際、ほぼ同内容のゲームが両機種で発売されていた)。

こうやって並べてみると、SG-2000が1981年に発売された事が信じられないんですよね。ただ、SG-1000初期タイトルの一つ『N-SUB』が、SG-1000同時発売とされる『ボーダーライン』と比べると古びた印象なので、もし1981年に発売されたとしたら、SG-2000同時タイトルに『N-SUB』が含まれていたのかも知れませんね。『N-SUB』自体、元のアーケード版がインベーダーブームに発売されたゲームなので、SG-1000版が発売された1983年当時ですら古臭いゲームに感じられますし。

しかし、進化のスピードが早いコンピュータの世界において、2年前に試験的に発売したゲーム機の性能をほぼそのまま発売するなんてあまりにも冒険すぎます。その頃からセガはチャレンジ精神があったのかも知れませんが、素人目で見ても同時発売のファミコンよりも見た目が劣るので、この2年という試験期間は何のために設けたのか疑問に感じます。そう考えると、SG-2000の1981年発売はますます怪しく思うんですよね。まあそれがセガらしいと言えばセガらしいのかな?(笑)
取り敢えず本当にSG-2000の実機が存在するなら見てみたいですね。レアどころの騒ぎではないですよ。
 
 今から9年前にエンターブレインが出した『セガコンシューマーヒストリー』に、SG-1000開発者である佐藤秀樹氏(2002年当時は社長)のインタビューが掲載されているのですが、その記事を読むとますます"SG-2000"の存在が怪しくなるんですよね。それどころか、Wikipediaに記載されているSG-1000とSC-1000の発売日が同日の1983年7月15日というのも怪しくなってきました。

佐藤氏の発言によると、まず先行してホームコンピュータであるSC-3000を発売し、対応ソフトの中で特にゲームソフトが遊ばれているという結果を見て、後日ゲーム機能に絞ったSG-1000を発売したそうです。佐藤氏はSG-1000開発者だけに現場に詳しいとは言え、セガコンシューマヒストリーの発売から19年前の話をしているので記憶違いがあるかも知れませんが、少なくとも外部の人間(SG-2000の記事を書いたトイズマガジンの編集者)が書いた記事よりかは信憑性があります。もしかしたら試験的に先行販売されたSC-3000が存在し、後で正式にSC-3000とSG-1000が同時発売された可能性がありますが、少なくとも私の手元にある資料だけではなんとも言えません。そもそもSG-2000が発売されたとされる1981年当時、私はまだ3、4歳なので、セガどころかTVゲームの存在すら知らないので、当時の事は知る由もないのですが(ちなみに私がゲームを始めてのが6歳の頃)。まあセガ自身、昔の自社商品の資料をきちんと保管することがなかったので、個人のコレクターに聞き込みする以外はなさそうです。

あと、この記事で『AIコンピュータ』の存在を初めて知りました。セガの当時の親会社CRIが開発したハードで、メディアはカセットテープとマイカードに対応してたようです。要はピコの前身にあたる教育系ハードですね。記事によると、このハードは訪問販売中心に売られたようで、ほとんど情報の入らない幻の一品となっています。幻とはいえ5000台普及したので多少は情報が出回ってもおかしくないのですが、何故か所有報告を聞きません。
取り敢えず当時のパンフレット画像を見つけたのでリンク先を貼っておきます。

http://twitpic.com/2ypksz

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